大井川鐵道 1997年7月

1997年7月、社員旅行で寸又峡温泉へ泊まった翌日、単独行動で車両をスナップしながら千頭から新金谷へ向かいました。


1997年7月27日 千頭
寸又峡温泉からバスで着いた千頭駅。まずは駅の外から留置車両の観察です。元岳南鉄道のモハ1105が物置になっていました。



1997年7月27日 千頭
近鉄南大阪線からやって来たばかりの16000系。まだ正式に大井川鉄道へ入籍しておらず、別の会社の所有物である旨の貼り紙がしてありました。



1997年7月27日 千頭
2017年現在では大代側線で朽ちている納涼電車のクハ861。97年当時は千頭駅に留置されていました。




一応保存と言う事で留置されていた元国鉄ヨ5000。この車がまさか東武鉄道で保存される事になるとは思いもよりませんでした。背後には福井県で保存される事になったト100形。



1997年7月27日 千頭
こちらは運用間合いでの留置か?元名古屋鉄道のクハ2829。



1997年7月27日 千頭
構内にはロッドを外されたC10が居た。宮古市から移籍してきて、まだ復活前の姿。復活はこの年、97年の10月だったようだ。



1997年7月27日 駿河徳山
千頭から普通電車に乗って金谷へ向かうと、駿河徳山駅でSL急行と離合。C11227が青い旧型客車を牽いてやって来た。



1997年7月27日 福用〜大和田
家山で途中下車して、適当な場所でC56を撮った。



1997年7月27日 新金谷
新金谷到着後、96年3月に続いて、新金谷機関区見学へ。前回の時には見られなかった、元近鉄6421系のクハ571を見る事が出来た。



1997年7月27日 新金谷
工場裏に留置されていた元西武鉄道のモハ311。元をただせば国鉄モハ50系。れっきとした旧型国電の末裔であった。



1997年7月27日 新金谷
新金谷から分岐している構外側線(通称大代側線)上に留置された長物車チキ303。古風なスポーク車輪にアーチバー、只者では無いと思いましたが、調べてみると大正時代の国鉄車両でした。



1997年7月27日 新金谷
この日はお休みだったC11312号機。227号機とはちょっと違ったツヤの塗装でした。



1997年7月27日 大代側線
機関区見学終了後、構外側線の奥まで歩いて行ってみました。奥には朽ちて屋根の落ちた2軸客車が放置されていました。



1997年7月27日 大代側線
反対側の妻麺はかろうじて板張りが残っていました。元山形交通の木造客車ハフ2。さらに出自を辿れば、現在のJR小海線の前身である佐久鉄道の客車だったらしい。



1997年7月27日 大代側線
こちらも大代側線に留置(放置)されていたモハ306。元をたどれば富士身延鉄道出自の元国鉄モハ1205。



1997年7月27日 大代側線
リベットの目立つ小さな窓がズラリと並ぶ重厚な車体は、昭和初期の電車の雰囲気を色濃く残していた。


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